内古閑 宏(うちこが・ひろし)
President & Business Producer, Knowledge Inc.
2000.2.3
私は学校を卒業後、大手メーカに入社し工場の設計部に配属された。
そこは当時稼ぎ頭の花形部門であり、大ヒット商品を世界に発信した最先端の課であった。ひょっとしてそれは「ウォークマン」より凄いことだったのかもしれない。そこに配属されたわけである。
しかも、メンターとして手取り足取り教えてくれた設計者はこの商品に搭載したチップセットを開発した技術者だった。「ラッキー」と思ったのと同時に、正直「こんな人にはとてもかなわないな」と思った。
設計部門も、ラインも素晴らしいものだと思った。「モノをつくるというのは、たいへんなことだ」とも実感した。デジタルのハードは、全てが仕様通りでないとシステムがダウンしてしまう。大学院でやっていたようないい加減なレベルとは違うごまかしのきかない世界だと感じたものだ。
コスト管理もしっかりしていて、ネジ1本を削って何十円のコストを下げるということを必死でやっている。
設計者としての経験を経て数年後ビジネススクールに留学し、2年後に戻ったときは、本社の企画部門に配属された。アメリカ市場向け製品の企画をやっている部署であり、優秀な人が何人もいた。
工場にいた時は、本社の様子がよく分からなかったので、「本社の仕事はどんな感じかな」と期待に胸を膨らませていた。帰国後1カ月が経った。一つの質問が頭に浮かんだ。
「どうやってこの会社は利益を出しているのだろう?」
理論的には会社が危機に陥ってしまうことが結構見受けられた。メール1本ですむことを、何度もファクシミリをやりとりして仕事を増やしていることもあった。IT化すれば効率化できることをも放っておいているのはないか、という疑問が浮かんだ。
人も多い。社内の電球を取り替えることを主な仕事としているような人さえいる。工場が身を削って何十円というコストを減らしているのに、である。DELLやCOMPAQもそうなのだろうか?
「この体制で世界一の商品を作ることができるのはなぜだろうか?」というのが、ビジネススクール帰りの頭デッカチ社員が、本社を見ての感想だった。
疑問を解くため、「どのように間接コストを割り振りしているのですか?」と訊ねたが、はっきりした答えは得られなかった。ビジネススクールでカプラン教授に習ったABC(活動基準原価計算)を導入しようと、習ってきたことを書いて上司に提案してみた。本社の間接コストを工場のコストに上乗せして原価計算をやり直したらどうだろうかという提案だった。
今でこそこのABCは日本でも流行しているが、当時はあまり知られていない手法だった。しかしこの提案は大きく取り上げられることはなかった。
留学中、日本のメーカーの"競争力の源泉“は工場現場にあることを教授がしきりに取り上げていた。では本社にはどのような"競争力"が存在しているのだろうか?
私はいまだに明快な答えを持っていない。
また、たいていのエレクトロニクスメーカーでは、技術者としての開発責任者が開発部門にいるが、なぜか本社にも同じように開発責任者がいたりする。
いったい本社と工場の関係はどうなっているのか。
工場にいる人間には、本社がどのような論理で動いているかが、なかなかわからない仕組みになっていると思う。
本社に行くのは入社時の研修の時くらい。後は本社に行く機会はほとんどない。ファクシミリに記載されている時間などを見て、「本社は夜遅くまで残業して大変だな」と思ってしまう。しかし長時間の会議をやって、タクシーチケットで帰宅したりしていることもある。
「そうは言っても、エレクトロニクスメーカーの社長はたいがい技術者社長ではないか」と思われる方もいるかもしれない。それは事実である。しかし、それは工場の技師長あたりから本社に戻って出世しているケースが多くないか? 工場と本社の間を来たり戻ったりという人事交流は少ないように見えた。
結局本社に移った技術者は本社の論理で動くしかなく、本社の論理にキャッチアップするのに必死になる。そしてそれに付いていった人間のみが、社長の椅子に着く資格があるのかもしれない。
本社のことは工場の人にはなかなかわからないし、たとえば「ポカよけ」などの工場の生産管理手法やコスト削減のノウハウが本社に伝わって実践されるという仕組みにはなっていない。本社の社員は頭も良く、実際何をしなければならないのかよくわかっている優秀な社員が多いが、頭ではわかっていても実際に行動に移す人は意外と少ない。
「いや、本社でもコスト削減の努力はやっている」という人もいるかもしれない。確かにコストを意識する場合もある。「文房具」「出張費」の節約などというお達しが出ることが多く、結果的にコスト削減は達成される。が、果たしてそれが本質なのだろうか。
とにかく、工場レベルでは厳しい企業間競争が行われている。そして、本社の超高層ビルの中では、それとは違う論理が展開されていた。次にこの本社の論理について考えてみる。