私が本を書く理由
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 それと、もうひとつ本について言っておきたいことがあるんですが、これは私が心血を注いだものではありますが、僕はいくらなんでもそんなに売れるだろうとは楽観していません。下手をすれば初版が捌けただけで、増刷すらされないかもしれない。なぜかというと、これだけ注目を浴びているにしても、ネットベンチャーの世界というのは非常に狭いものだからです。ネットベンチャー予備軍というのは、基本的には学生に限られているのではないでしょうか。では学生が読んで理解できるかどうかというと、高校生ではちょっと理解できない中身になってるんじゃないかなというのが僕のイメージです。あくまで大人向けですよ。ところが40代以上の人にも理解できないかもしれません。
じゃあどうしてそこにそれだけ固執するかということなんですが(だって経済的に不合理ですからね)、そこにはやはり僕自身の本に対する思い入れというのがあるのかなぁ、とういう感じがしますね。つまり本というメディアの持つ力を信じているということなんです。聖書がヨーロッパ世界を変えたように、全体としてある大きな概念を伝える本というのはそれを読んだ人の心に非常に大きな足跡を残すものだというふうに私は思っているからです。
実はつい最近、ある勉強会で清水博先生(金沢工業大学 場の研究所所長 東大名誉教授)に初めてお目にかかる機会がありました。僕が大学生の頃、ニューサイエンスという分野がはやっていって、清水先生はホロンという概念を主張し、そのころはやり始めていたカオス理論などを使って、人間の認知の仕組みとか、世の中の成り立ちについていろいろな本に論文を発表されていました。僕は、清水先生の本をよく読んでいたのですが、今回お目にかかって、「ああ、僕は大学を卒業して以来、社会人になっても、ずっと清水先生の考え方の後を追いかけてきたし、僕の社会に対する見方というのは先生の理屈に非常に影響を受けていた、それどころかこの考え方を追求するうえで大きな矛盾を感じたからこそ会社を辞めたんだな」ということを、はっきり認識することができました。
僕は今の清水先生のお考えも非常に共感をもって受け止めることができますし、先生の考え方の跡をたどってきたこれまでの自分の生き方は正しかったと言うことができると思うんです。本というのは、そこに織り込まれている内容いかんで人にそれほど大きな影響を与えることができるメディアなんだと思います。
今回の本は、私にとって今までの社会人経験で培った経験や考え方を総決算しています。そしてまた、「これからの新しい社会に対応する人々はこのような生き方をしていくに違いない」というある種の信念を展開しているわけです。それは単に情報を伝えているだけではなくて、生き方の提案であり、まさに「人生いかに生くべきか」という命題に対する非常に不完全ながらも、ある回答を与える試みになっているわけです。
そして私は、その本を手にする人が7000人であったとしてもぜんぜん構いませんし、7万人であったとしても構いません。そこの間にはあまり大きな差はないと思うんです。ただ誰かが私のメッセージを受け止めてくれて、「そうかもしれない」と共感してくれて、それを自分の生き方に少しでも反映してくれれば、私の努力は無駄ではなかったんだろうなと思うわけです。それがたった一人であってもいいんです。
認識というのは少しずつ進化するものです。僕は非力ではありますが、この本によって日本の社会の中でのネットやベンチャーについての認識を、若干なりとも望ましい方向に進化させたり、みんなの社会参加意識を少しずつ変えていく役割を担うことができたのではないかと思っています。それが僕にとっては、十分な報酬になるわけです。どんなに売れても、私が今回支払ったコストは決して回収することはできないと思っていますので。