意外な旧日本国の主権者の姿
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 時に、僕はいつも思うんですけれど、「個人がどのような形で社会建設に参加するのか」というのはものすごく重要なテーマだと思うんです。意識としてもそうだし、どんなに頑張っても独りで生きていくことはできないような社会であれば、絶対に他人にぶら下がると思うわけですし。
はっきり言えることは、たぶん今後ほとんどの人の所得が減るんですよ。でもチャンスはある。頑張れば上に上がることができる、自分の才覚を生かして努力をすれば上に上ることができるという。
思うけどねぇ、ネットベンチャーの人間って、滅茶苦茶働いてますよ。木曜の夜10時に先方に行っても、みんなが残って仕事をしていて、広報に行けばインタビューの時間が設定できるというのは、やはりちょっと凄いものがありますよ。
飯坂 それは「仕事がある」ということですか。
運営者 あります。それでもまだ儲からないんですから。長時間働いているというだけではなくて、実はかなり高度なことをやっていたりするわけですよ。単純な話ではあるのですが、目的さえ間違っていなければ、そこに投入するコストを大きくすれば、得られるものというのは大きくなりますよね。
飯坂 期待収益は大きくなるでしょうね。
運営者 それはすごい単純ですけれど、事実なんですよ。
それと比べると天と地の差があるのは、景気は悪いけれども、永田町あたりで役所にぶら下がっている財団法人みたいなところは、一日中茶飲んでるわけですよ。それで退職金をもらおうなんて、図々しい話であってね。お茶だけじゃないんですから、車がついていてゴルフに行くと。夜はマージャン。これはやっぱり世の中舐めているというか、そういうのは少なくともなくすしかないですね。
飯坂 それはでも、ブルジョア革命の発想だね。「働かざるもの食うべからず」
運営者 ま、革命というのは主権者の交替ですから、日本国民というのは、実は主権者ではなかったわけです。では一体主権者はだれだったのか。
飯坂 官僚だったんでしょうね。バーチャルな天皇というのを中心において、戦前から延々と続く官僚中心国家。そしてその天皇の部分だけ象徴に格上げしてしまった。
運営者 たぶんね、全部象徴なんですよ。ロラン・バルトがいみじくも言ったように、東京が、皇居という大いなる空虚を抱いて、それを中心に街を形作るような表徴の帝国なんですよ。
実はわれわれが見ているのは、実体ではない。旧日本国人は、「実体のないものに基礎を置いて社会構造をつくることができる」わけです。実は目的性なんてなくてもぜんぜん構わなくて、向上心という概念もなくて、「存在すること」だけが目的、「自分たちの生活が続く」ということ自体が国家目標になっているという国なんですよ。当然、主権者はどこにもいなかったんですよ。「旧日本国」というのは、シンボルとか、実態でないものなんでしょう。
飯坂 タテマエとか、実態のない学問に基づく教育、実体のないところのビジョンに基づくビジネスであると。
運営者 ビジネスはまだサブスタンスだと思うんですけれど。
飯坂 だけど、企業だって半分以上の企業が、日本自体が経済復興したことによって食べていた。何か工夫をしたわけではなくて。何をやったって食えたわけですよ。
運営者 そうですね、全くそのとおりですね。だからそういう意味では我々は、空虚な実体のないものをみんなで囲んでそれを中心にして、その回りをみんなで踊って回って、生活できさえすればよいという、かなり異様なカルト集団なんですよ。
飯坂 今までは、蜃気楼に向かって歩いていたら途中にたまたま水があったということですよ。でももう一度その方向に一生懸命歩いて向かったとしてもダメなんですよ。今までは、確かに努力もしたけれど、半分以上は実は幻だったんだということをみんなが認識しなきゃ。悲しいけどね。
運営者 「守株」ですな。だから結局、「旧日本国」の主権者は、実はやはりいなかった。でも、新日本国では個々人に主権を渡す、それが僕が「個人個人がちゃんと働けば食べることができるような国になるべきだ」と言っていることの意味なんです。