旧日本型社会にエニグマなどない
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 それでね、そういう支配=従属関係を基本にして積み重ねたネットワークをつくっていくと、社会全体が大きなピラミッドになります。階層の頂点には霞ヶ関の官僚がおり、そのすぐ下に大企業や地方の役所があります。その下に、下請け孫請け企業、中小企業や町や村といった地域社会が存在するピラミッド構造がある。
そこでは強い者は弱い者を抑圧し、弱い者は逆に強い者の命令に従順にしたがうという約束ごとがあります。本社は支社や子会社を、東京は地方を支配するという、乱してはならない秩序があるのです。
1960年代までは、日本には2つの首都がありました。東京には政治的な機能が集中していましたが、ビジネスや工業出荷額の点では大阪の方がパワーを持っていたわけです。
ところが新幹線ができて3時間で移動できるようになると、繁栄のモメンタムは東京に傾き、大企業は本社を東京に移転しました。新幹線がどんどん伸びて東京と地方がつながるり、地方の独自文化は消滅し、どの町も東京のミニチュアのような個性のない町並になってしまいました。駅前にあるのはマクドナルドにと吉牛とサラ金と英会話学校ばかりです。
昔なら東京に負けない独自の価値を創り出すエネルギーを地方が持っていたのですが、これは、地方が自活をあきらめて、すべて東京に依存する姿勢を明らかにしたことに他なりません。今やあらゆる自治体が国の公共事業や補助金をあてにして生きています。国からの地方交付税をもらっていないのは東京都だけです。
なぜこうなるのか。その理由は産業構造の変化にあると久武先生はおっしゃっています。私は、やはり、旧日本人の依存心も見逃せない要素の一つだと思うのです。
旧日本型組織の内部にいる人間にとって必要なことは、ひたすら自分が頼っているの組織を大きくすることであり、またその権威を高めることであったのです。所属組織が大きくなれば彼らは必要な資源を自分たちの内部から調達できるわけですから。
だから旧日本型組織は必ず中央集権を志向します。郵便貯金は世界最大の金融機関になっています。航空会社にしても、通信会社にしても、高速道路公団にしても、世界的な規模のビジネスが、まったく競争がない環境で長い間のうのうと肥大化してきました。
こうした巨大独占企業は、戦時統合をきっかけにしてできたものが多いと思います。競争の結果の独占ではない。そして競争政策の必要性は、あまりこの国では認識されていませんね。独占や集中、現状維持をよしとする気風があるからなのでしょう。
環境変化のない時代には、旧日本人は外部に対して働きかける必要がなかったので、こういう行動傾向でも問題なかったのです。旧日本的なロジックが通用しない相手と国際的に手を結ばなければならないという必然性がある今日、日本企業はたいへん困った状況に追い込まれているといえるでしょう。