運転していると、いろんな車を見かけますが、日本で走っている車のなかで最強の車といったら、何だと思われますか?
フェラーリだとか、ハマーだとかを押しのけて、わたしが圧倒的にその強さに叩きのめされているのは、軽トラです。これ最強。
四国の山間の国道を快調に飛ばしていると、思いもかけぬ、そして解決不可能な災厄に見舞われることがあります。その災厄をもたらす恐怖の大魔王こそが軽トラなのです。
彼らは道端で獲物がくるのをじっと待ち伏せしています。そして、「来たな」と思ったら、不敵な笑みを浮かべつつ、おもむろにわたしの車の50メートル前方にのっそりと出てきます。
そうするともうダメです。絶望的です。
だいたい運転しているのは、じいさんかおばさんです。荷台の後部に輝く枯れ葉マークが、歴戦の彼らの赫々たる武功を示す勲章です。中には新旧両方の枯れ葉マークをごていねいに左右対称に貼り付けている猛者もいます。「キング・オブ・軽トラ」です。
彼らは何があろうと、時速50キロ制限の道を30㎞/hで走行し続けます。おそらく東南海地震が起きて大津波警報が出てもこの速度を守るでしょう。中には20㎞/h台前半のチャレンジャーもいます。かないません。
そして彼らは、後ろに何十台の車が数珠つなぎになろうとも、けっして顧みることはないのです。後方を確認して、自分の速度を勘案して後進車に道を譲るなどという概念は、彼らの辞書には端からないのです。
彼らは振り返ることはない。彼らには明日しかないのです。まあ、バックミラーが壊れていて無いだけなのかもしれません。
そしてまた、彼らがのろいのも、自らの力を誇示するのが目的なのではなく、中には30㎞/h以上で走行すると、オイルが漏れたりするので走れない軽トラもあるのかもしれません。軽トラは恐らく車検をも超越する至高存在なのです。
「このとろくさい軽トラなど追い抜いてしまえばよい」などと傲慢に考えるのは青臭い素人です。彼らは地の利を活かすことを知っています。四国の道は彼らの味方です。これまで無謀にも軽トラ追い抜きに挑んだ多くの若者たちが、この王者と組んだ四国の山道に敗れ去り、涙を飲んで散っていったのです。
そういうわけで、軽トラの後ろについた者には、軽トラのペースメイクに従うより他に道はないのです。人工衛星から見ると、四国の山道には、こうして軽トラに先導されたバターン半島死の行軍が、いま現在も十数カ所で確認されるはずです。
軽トラの後ろについてしまった不運なドライバーの唯一の希望は、「軽トラは作業車だから、そうそう遠くまでは移動すまい。すぐ道から外れるはずだ」、そう祈り続けるしかない局限状態に追い込まれるのですが、中には「県境を越えよう」などというトンでもない暴挙を企図している軽トラもあります。
つまり、われわれを生かすも殺すも、最強車である彼ら次第なのです。軽トラの前では、われわれはまったく無力であり、あらゆる抵抗は無意味なのです。
では、どうすればこの最強の車である軽トラに勝てるのか。その方法はたった一つしかありません。
それは、自分も軽トラに乗ることです。
そして、国道沿いの道端に身を潜め、じっと獲物を待ち構えるのです。チャンスが来たら、何も知らずに接近する普通車の前に、不敵な笑みを浮かべつつ、やおら身を躍らせて割り込むのです。
あなたの耳には、絶望した後続のドライバーの絶叫が聞こえてくることでしょう。
このようにして、快適なドライブを楽しみたいわれわれの最大の敵である軽トラは、途切れることなく再生産されていくのです。
軽トラ、それは最強の車・・・