■親分肌の明るい笑顔 / 表情に落ちる暗い陰
おやじ そうは言うけど、われわれは笑顔で部下に接するようにしているぞ。お前みたいに冷たく「いなくなればいいのにね」なんて、絶対に言わないからな。みんなが仲良く暮らしていけるようにわれわれは気を配っているし、考えているんだ。
そこのところが世の中の厳しさにさらされたことのない若造どもにはわかっていない。
若造 わかってるよ。うらやましいと思ってるよ。そして不思議だよ、「どうしてこの人は根拠のない楽観性を持っているんだろうか」とね。
いつもニコニコして、「何かあったらオレの所に来い」と言ってるし。だけど困ったことができて駆け込んでも何もしてくれないんだよ。「そのうち何とかなるだろう~」ってなもんだ。
それでぼくたちが、「将来どうなるんだろうね」と暗い顔で心配をしていると、「お前たちが不況だ不況だと騒ぐから心理不況になっているんだ。日本経済にはなんの心配もない、うちの会社も大丈夫だ」ってな調子だからね。そんな根拠のないホラを、だれが信じると思ってるんだよ。いくらなんでも、もう騙されないって。
ぼくらは、とてもそんなにのんきにしてはいられないね。今の日本企業が置かれている状況は、相当厳しいよ。そんな事態に追い詰められているのに、どんな顔をしていればいいのか困まるよね。少なくとも、ばかみたいに明るくニコニコしているのは不謹慎じゃないかと思うくらいわれわれは追い詰められていると認識するべきだよ。死刑囚が刑場に引き立てられて行かれるのに、笑ってたらバカだろう。
ところがどっこい旧日本人は世の中に心配事なんか無いみたいだね、「会社は絶対につぶれない、経済のハードランディングは絶対に来ない、国家財政破綻はあり得ないし、あらゆる危機はこない。なぜならば今まで来なかったからだ」と思ってるんじゃないの?
おやじ だから、世の中というのはそんなに簡単にひっくり返らないんだって。
景気指標を見ても、いい数字が並んでるじゃないか。日本経済には外人には見えない底力があるんだから、バイオやIT、ナノテクなどの技術力で新しい世界をつくれるし、シルバー世代は新しい消費者になりつつあるし、どうして「今にも世界の終わりが来そうだ」とお前たちが騒いでいたのかさっぱり理解できなかったな。
新宿の街頭で、「裁きの日は訪れた。神の怒りがお前たちに下るのだあ」と道行く人々に呼びかけている連中のような感じだよ。だれも驚かないし、だれもお前たちの言うことに耳なんか傾けないよ。みんなの不安をかきたてて、自分の立場を有利にしようと思っているとしか考えられないな。
お前は景気がどんどん悪くなって、会社がどんどんつぶれた方がいいと思ってるんだろう。
若造 ハイパーインフレになったら、今まで貯めた貯金がパアになちゃうんだよ。そうするとまた結婚資金を貯めなきゃいけないじゃない。経済がクラッシュしても、だれも得はしないんだよ。
むしろぼくらから見ていると、旧日本人が楽観的な理由は、「今までのシステムで順調であるのなら、何も変える必要がない」と自分を騙しているからだよ。そうしておけば自分の立場も安泰だし、改革をやる必要もないし、何の問題もない。しかしもし問題があることを認めてしまえば、対応しなければならない。ひょっとすると、自分のまちがいを認めなければならなくなるかもしれない。それがいやなんだね。