■社会全体より組織が上位 / 組織より社会が上位2
若造 ところが大ありさ。早い話が、会社にぶら下がっている旧日本人は、社会に対してもぶら下がり意識を持っているということだよ。
不況の時は、どこの会社も火だるまになっていて、結果として世の中全体が傾いていただろ。この原因は結局、旧日本人たちが、「自分たちさえよければいい」と思っているところにあると思うね。
雪印食品の社員たちは、「自社さえよければ」と思って輸入肉を和牛と偽り、みんなが納めた税金を横領していた。三菱自動車の社員たちは、欠陥自動車を市場に送り出して、その結果大勢のお客さんが亡くなったり怪我をしたりしたのに全然平気だった。利益誘導政治家たちは、国政について議論するべき国会議員の立場でありながら、地元への利益誘導を当然のことと思っているし、「自分が役所から取ってきた公共事業を業者に回した見返りとして税金の一部分を懐に入れること」を当然と考えている。
「全体利益を考えず、自分たちさえよければそれでよしとする方向性」のことを「部分最適化」というんだけど、その結果どうなるかというと社会全体の利益が失われてしまい、マーケットにダメージを与えるから長期的には回り回って自分たちが不利益を被ることになる。一時的にズルをやって得をした側も、ぬくぬくとした環境の中で改善の努力を忘れてしまうから、本当の競争力を失ってしまう。
結局日本企業は仕事なんかせず、バブルという自家中毒のようなばくち相場で、実際には価値のないものに馬鹿高い価値をつけて、先輩たちが蓄積してきた含み益を食べ尽くし、もう食べるものがなくなってしまったから高い給料が払えず困たからリストラをやったという状況でしょう。不況時には、人件費を付加価値で割った「労働分配率」は、大手メーカーでは八〇%を超えていて、中には一〇〇%を超えた産業もあるというんだから、これじゃあ会社で何をやってるんだかさっぱりわからないよね。
旧日本人たちは、この十数年間ほとんど進歩を忘れて、「何となく横並びで他社がつくっているのと同じようなことをしていればいいや」と向上心なく生きてきたわけだけど、もしもっと広く視野をもって、「本当にお客さんのためになるもの、"これはいい"と評価される商品をつくろう」と努力していたら、独自性と付加価値の高い商品をつくり続けることができたはずだね。
先に「顧客のためになるものをつくろう」という意識があって、「そのために自分たちの利得を削ったほうがいいのなら身を引く」という姿勢がなければ、市場競争に勝つことはとてもできないと思うよ。
ところが我欲だけが先に立って、自分たちの利得しか考えなければ、人間は進歩できないでしょう。そうやってただ時間だけが過ぎていったたのが、「失われた一〇年」だったんじゃかな。そして状況はあまり変わっていない。サラリーマンの意識がちっとも変化していないからだよ。