「ブラック-ショールズ式をそのまま使う実務家はいないが
飯坂 物理学の研究手法を用いて経済データを解析する経済物理学では、膨大なデータからその背後に潜む普遍的な法則を見いだしている。例えばこれまでは例外として扱われがちだった市場の暴騰や暴落も、データから見ると多くの自然現象下で普遍的に観察される法則性(ベキ乗則)に従っており、自然災害と同様、どの程度の規模の事象がどういう頻度で発生するかは予測可能だ。
と高安さんは書いていますが、フラクタルに至るマンデルブロ先生の思索においてそのようなベキ分布も明らかになってきているわけです
運営者 つまり、マンデルブロが考えたフラクタル理論にのっとってできるのは、市場のボラテリティを予測したり解釈することであって、今回のサブプライム問題とは関係がないということですね。
飯坂 まったく関係がないということはありませんが、主因ではないんです。だからこれをもって「金融危機の真相」とするのはちょっとずれているかもしれません。次に高安さんは、
例えばブラック・ショールズの公式はオプションという一つの金融派生商品の価格を与える便利な式である。だがノーベル経済学賞の対象ともなったこの公式が、実はそのまま実務に使えるレベルではなく、現実にはありえない理想的な仮定の下でのみ成立するものだった。
これは光文社新書の『経済物理学の発見』というなかなか面白い本の94ページにご本人が書いているのですが、
金融工学で中心的な役割を担っているブラック・ショールズのオプションの公式は、ノーベル賞の対象となり有名ですが、市場の変動を単純な確率モデルで近似して捉えられるのは、この95%の小さなゆらぎの部分だけです。一番大事な大きな変動の部分 (残りのたったの5%くらいの小さな部分であっても全体に大きな影響を与えるのがベキ分布)をすっぽり無視してしまっていることになりますから、金融の現場では、この公式をそのまま使っている人はいません。リスクを過小評価することになっているからです。
運営者 その「5%の欠けている部分」が致命的かもしれないから、実際に使うのはヤバイということですね。
飯坂 5%というのは、高安さんが言っていることですからね。5%かどうなのかわかりません。95%と5%は、正規分布で言うところの2シグマに該当しますが、それとは別のことを言っているということは注意しておいた方がいいかもしれません。
ただ、この経済教室の論の書き方としては、「現実にはありえない理想的な仮定の下でのみ成立するものなので、ブラック・ショールズ式で算出した値だけでそのまま実務で使っている人はいない」と書くべきなんです。この書き方だと、
「現実にはありえない理想的な仮定の下でのみ成立するモデルを使っていることが問題だった」と読めてしまうんです。
運営者 なるほど。編集者が悪いのかもしれませんが、何とも言えませんね。
僕の経験で言うと、日経のこの様な寄稿は、後で問題が起こらないように編集者によって丸められてしまいます。「へー、新聞って、こういうふうに逃げを打つのか。雑誌とはエライ違いだな」と思ったのを覚えています。そのような傾向がありますね。