国会議員は全体利益の擁護者たれ
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 田中角栄は。今の政治システムの完成者なんでしょう。それで何が困ったことになっているのかと言うと、国会議員が考えなければならない本来のことは、国家全体の利益ではないんでしょうかねえ。
飯坂 彼らは国家というシステムの頭脳であり、脳細胞のわけですよね。
運営者 そうですよ、だから国家全体が変な方向に行かないように気を配るのが当然なわけです。地元利益を優先して国を潰してどうする。その両方に気を配るのが選良の仕事なんです。
飯坂 それで先の、「全体を考えずに利己的に行動する方が個人にとって最適である」という状況があるのであれば、本来は国会議員が立法制度によって、「互恵的に行動した方がシナジー効果が上がってみんなが得をする」という方向に社会をつくり変えていかなければならないはずだと思うんです。
そうすれば、本来利己的な個人や企業が、互恵的な行動をとるでしょうから、それによって国家全体の富が増すという結果になるはずなんですが。
運営者 公共の福祉が増進されるはずですよね。
ところがその国会議員たちは、二言目には「金では買えない大切なものがあるんだ」と言うわけです。それはまことに正しいことです。国会議員が考えなければならないのは、普通のビジネスマンが考えるような、「一部の利益だけを最大化する単純な利益追求」ではなく、国民全体の福祉に関する「究極の損得勘定」でなければならないわけですから。
つまり国会議員は、より大所高所から見た国民全体の福祉というのは何なのかということを考えるために、国民全体の中から選ばれてきた人たちなわけですから。
総選挙を1度やると、700億円選挙費用がかかるんです。それだけのコストをかけてなぜ国会議員を選ぶのか。それは例えば、省益にとらわれている行政官の視点よりも更に公平な位置から考えて、日本の進むべき進路を考えるためのはずなんですよ。一個人や一企業の立場を超えたところからの判断をさせるシステムなんです。それがために彼らを選び出すコストをかけているんです。
選挙のために必要なのはお金だけじゃないんですよ。全国の役所の職員や教員を総動員しているわけです。本来は教育にかけるべき時間を選挙に投じているのであれば、大変な機会損失ですよ。それだけの成果が上がっているのか。いったい何のためにこれだけのコストをかけているるのかと……。
飯坂 少なくとも、板垣退助がこの状況を見たら、「こんなことをやるために自分は民選議会を作ろうとしたのではない!」と言うでしょうね。
運営者 彼らは、「議会とは何なのか」を理解していたと思いますよ。なぜなら、まず中央集権的な政府がそこにあったから。民選議員の仕組みをきちんと作ったんだから、それをちゃんと機能させれば国会は行政府をきちんとチェックすることができるはずだし、ましてあれだけ副大臣の数も増やしたんだからやる気になれば官僚の抵抗を封じることはできるはずです。現にムネヲはちゃんと外務省をコントロールしていたじゃないですか(笑)。