旧日本型共同体社会は資本主義ではない
しっかりしたコーポレート・ガバナンスがなければ、会社が儲からないのは当然なのです。結局株主は小さな配当しか手にできませんが、どうせ株式持ち合いだから、持ち合っている株主同士は配当が少なくともお互いさまなのです。困るのは個人投資家で、どんなに株式投資をしても配当性向が低いし利益も上がらないのでバカを見るだけです。こんなことでは株式市場に資金が流入してきません。そういう循環が起こらないような要因が存在する、いい加減な資本主義体制が現在の日本の経済システムの根幹をなしているのです。
これは果して、まともなことと言えますでしょうか。ところが旧日本人たちは、コーポレート・ガバナンスの変更を徹底的にきらうのです。「エンロンを見ろ、アメリカ流のガバナンスや会計制度などいい加減だし意味がないんだ」と主張します。まったく不思議なことです。彼らはおそらく、システムを変えると株主や役員からの監視圧力が高まることを知っているから反対しているのでしょう。コーポレート・ガバナンスやコンプライアンス(企業倫理)に対する反感は、ミドルの立場が天国であることの裏返しなのです。
旧日本人型社会システムのまとめ
旧日本人が支配していた日本は、支配=従属関係を積み上げてつくられた中央集権体制の巨大ピラミッドに全体が覆われていました。そのピラミッドは、財閥系列を中心としたいくつかのタコツボ社会から構成されていて、その中で収奪や非効率が常態化しています。さらにそのタコツボ社会を構成する会社は、ガバナンスがない中でわっしょいわっしょいお神輿経営が行われているのです。
旧日本人の意識と社会システムについてこれだけご説明すれば、彼らが支配している会社がなぜ儲からないのか、彼らが牛耳っている癒着とシガラミに満ちた社会システムがどうして不合理なのかおわかりいただけたと思います。それでも旧日本人たちは、自分たちの仲間と支配領域をどんどん広げようとしています。多数派になることが彼らにとっての安全保障だからです。確かに彼らのやり方では仲間うちでの安全は保障されますが、帳尻が合っていないのでツケはどんどん溜まっていく一方です。最終的には会社も社会も破たんするしかないでしょう。破滅に向かって一直線に突き進んでいくのが旧日本人なのです。
一刻も早くこのレールから降りないと、みんなが泣きを見ることになるのです。