日本のルネサンスはいつも不発に終わった
したがって日本人は明治維新によって「共同体的な何かに依存して生きていく」という意識構造を変化させたわけではありません。やっぱり日本人は自立していなかったのです。福澤諭吉のような社会の上層の人々や、財閥を興した先進的な商人たちは合理性や社会性に開眼し、それを広げようと努力しましたが、それは一般の人の意識を変えて共同体から自立させるところまで行きませんでした。
そういうチャンスは、明治維新のときだけでなく、過去に何度もあったのです。たとえば武士の文化はそうでした。武士の戦闘方法は一騎打ちですから、誰も助けてくれません。そこでは必然的に個人主義的な意識が現れてきます(騎士道も同じです)。戦国時代には実力があれば国を取ることができたわけです。そうした気風は、商人文化と相まって、安土桃山文化を現出しました。これは日本のプチ・ルネサンスです。しかし、徳川幕府は人々の自立的な意識を見事に押し込めて、共同体的な世界の中に引き戻してしまいました。だからこのときは、日本のルネサンスは不発に終わったのです。
他方西洋でも、ルネサンスは宗教改革の反撃を食らって後退しました。しかし人々の自立意識は残ったのだと思います。彼らはルネサンスを通して共同体人から自立人への精神的な転換にしっかり成功したのでしょう。そこが日本と西洋との違いだと思うのです。日本人はいまだにルネサンスを体験していない民族なのです。