ミドルの暴走を止められないお神輿経営
旧日本型組織の中にはいまだに「忠孝一致」の精神、つまり「自分は天皇のために死ぬことができる、自分は天皇とほとんど一体で、彼の望みをほぼ正確に理解し、代行することができる。だから自分は何をやってもいいんだ」という歪んだ実権意識があります。
権威に近いほど正当性があることになるので、タコツボの中の上下の関係や秩序維持を何より優先する関係依存性があります。そして外部者を排除してタコツボの平安さえ保てればいつまでも安穏に生活できるのです。こうした「お互いがお互いにもたれ合う」という相互依存社会では、実権者(ミドル)はチェックがかからず野放し状態です。資本家や社会からのチェックや企業同士の相互監視が効いていないので、個人の中で防波堤になっていた規範意識が消えてしまうと、企業の中では不効率や不正が当然起こります。バブル期に規範意識のたがが外れてしまったことも日本企業転落の一因でしょう。
「文藝春秋」03年3月号の秦郁彦論文では、第二次大戦で昭和天皇が「ガダルカナル島へ陸軍航空隊を出すべきではないか」と3度下問したのに対して、作戦課の中佐が反対したために派遣が実現せず、この中佐が視察中に事故で死んだためにやっと増派が実現したというケースが紹介されています。大元帥の命令も無視できるのですから、ミドルの権力は絶大です。
しかも「カイシャ天皇制」の支配はあまりにも自然で、空気のようなものなので、ほとんどの旧日本人は気づいていません。水の中を泳いでいる魚が水を意識しないのと同じぐらい、当たり前すぎてわからないのです。彼らは当然のように、「会社にぶら下がって生きていくのは悪いことではない」、「効率性よりも人間関係の方が大切だ」、「会社は株主よりも社員の生活を守る義務がある」と考えているのです。これは厳然たる事実です。だから会社は儲からないし、仕事を通して付加価値をつくることができず、国際競争に負けているのです。