運営者 さりながら、「放射能によって健康被害が起きるということは、チェルノブイリ事故のケースでわかっているんだから、事前に危険を察知して一人でも多くの人が被害にあわないように回避する方向に予防原則で考えるのが医師の態度であるべきなのではないか」と普通の人は考えますよね。
木下 でもせっかく医師メーリングリストを作っているのに、診断についての話は出ないんです。
結局そのような方向で動いている医師はとても限定されていて、三田医院の三田先生と、国立病院機構SがんセンターのN先生とくらいしか目立つ人はいません。
N先生についてはいろんな評価を言う人がいますが、見解の相違というのがどんな問題にもあるんです。だけどN先生が他のドクターと違うのは、具体的な行動を起こそうとする人だということです。
だって功成り名遂げた人なんだから、無理する必要なんか無いんですよ。なのに福島に入って診察したり、NPOにベータ線が測れる測定器を導入するために努力したり、いろんなことをされています。そういう実務対応能力のある人なんです。
診察面で首都圏で頑張られたのが三田先生です。N先生と三田先生も、放射線健康被害に対する考え方は若干違っています。
運営者 どう違うんですか?
木下 ざっくり言うと、N先生は「健康被害はこれから起きる。これから大変なことになるんだけど、今の時点ではまだ起きていないのだから、この状況で大騒ぎするべきではない」という考えなのに対して、三田先生は「既に起きているんだ」という見解なんです。
がんセンター名誉院長の見方と、平場の町医者の見方の違いという気もします。だけど、水俣病のときも、結局端緒を見つけたのは町医者だったんです。
運営者 ただし町医者が非常に大きな確定診断をするというのは難しいですよ。
木下 だけど三田先生はそこにトライしていて、現場意識の大切さを強調されています。ジャーナリスト的な現場感覚に近いかもしれません。現場では、次に何が起きるかに備える感覚しかないんです。
N先生も現場感覚はあるのですが、違う現場感覚なんでしょうね。
この2人は現実的に医療で放射能に立ち向かおうとしていますが、そうでない医師との間の差はあまりにも大きいと思います。その壁が、全く崩れないんですよ。
運営者 崩れないでしょうねぇ。
そこを崩すためには、データを集めて学会発表しなきゃいけないんです。論文も書かなきゃいけない。疫学的なデータ収集には時間がかかります。だけど、開業医にしろ勤務医にしろ、どちらにしろめちゃくちゃ忙しいですから、「とてもじゃないけど」という話ですよ。
木下 あとこれも重要な話なのですが、N先生から聞いたのですが、甲状腺というのは首から上にあると分類されるわけです。そして首から上の手術というのは、普通の外科の医者はやらないですね。
運営者 そうですね。
木下 耳鼻科の領域なんですよ。
運営者 そうです。耳鼻科と頭頸部外科を一緒にやっている医師は多いです。
脳以外のところの腫瘍を治療するのは彼らの仕事です。
木下 だけど「耳鼻科の中で甲状腺腫瘍の手術ができる人は、実は2割以下しかいないだろう」と言うんですね。
耳鼻科医である一定レベル以上の人で、なおかつ甲状腺の手術までできる人の数は極めて少ないです。
運営者 そう思いますね。頭頸部外科でも甲状腺はわからないという人は多いですから。
木下 でも甲状腺の腫瘍の治療については、本当はそういう医者を捕まえないとだめなんですよ。
「他の外科の医者が手術すると、声帯などをどこまで残してどこまで切除すればよいのかの判断を間違えることがある」とN先生は言ってました。
運営者 甲状腺の手術にはかなりの専門性が必要でしょう。そういう医者はなかなかいないですよ。症例も少ないだろうし、医者も少ないだろうし、聞いたことがないです。内科的な診察は、内分泌内科でやってますからね、念のため。