人類は遺伝子を支配できるか
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 それが、理というものなんでしょうね。
そうならばね、人間はその摂理に従って動けばいいだけなんですよ。きわめてアジア的な価値ではありますが、「自分は大きな全体の中で生きているわけであって、そこに唾するということは自分に唾するということになるんだ。だからそんなことをせずに、逆に世の中のためになるような働きをしましょう」というふうな倫理哲学が出てくるわけで、それに従えばいいのではないですかね。
飯坂 でもね、脳味噌の中身と切り離して生物として考えたら、食うことと子孫を残すことに尽きるじゃないですか。人間は動物がある以上、そういう部分を持っているわけですよ。つまり遺伝子そのものの宿命として自分のコピーを残さなければならない。
運営者 それがまあ、遺伝子の定義に近い機能ですよね。
飯坂 だから、遺伝子と脳味噌というのは相反するというか一対一の関係なんですよ。
運営者 ああ、そこが利己的遺伝子論に敵対する人が必ず突くポイントなのですが、僕の考えでは「脳味噌がなぜあるのか」というと、遺伝子を残すという目的にかなっているから残っていると。これが「適者生存」の考え方ですね。論理的には証明不可能な、トートロジーを含む理屈ではありますが。
飯坂 人間の脳味噌以前ではね。
運営者 おそらく人間でも、脳味噌の脳幹とか大脳旧皮質の部分はそうなんですよ。ただし、大脳新皮質の部分に関しては、遺伝子と敵対しているかもしれない。実際さっきの飯坂さんのようなことを考え出して、利己的遺伝子論に反対しているわけですから。
反対派の人々は、「大脳新皮質によってわれわれ人類だけは遺伝子の支配ができるようになった」と主張していますね。
飯坂 支配はできないと思いますが。
運営者 彼らが言うところの「遺伝子の意志」に、きわめて理性的に対抗することができるようになったと。
飯坂 そのように考えたいなと思うのはわかるんですけど、でもやっぱり、究極的にはわれわれの意識の方が遺伝子に負けると思う。
運営者 頭のいい人たちは、そんな遺伝子のようなプリミティブなものに自分たちが動かされているという事実を認めること自体が嫌みたいですね。「われわれはもっと高尚で高邁な理念のために生きているんだ」と思いたいらしい。
飯坂 そういうユーフォリアに浸りたいんですよ。そこに浸ることによって脳内麻薬が出てくるから彼は自分の頭の中で最高の至福を味わいたいわけです。外から打つ麻薬よりもよほど効くでしょうからね。
運営者 至福を味わっている割には随分文句ばかり言っているようですよ。多分そういう人たちに限って脳内麻薬麻薬をうまく作れないんだと思いますよ。
飯坂 数学の問題がうまく解けた時の「やったーっ」という感覚、それはプリミティブな意識であり、その中毒になってしまった人が学者になっちゃうんです。
運営者 脳味噌の中での原初的な動機ですね。
飯坂 そんなもんですよ。脳味噌中で利害調整をして判断してる人なんかいませんよ。