制度を変えるのでなく、
「空気」やヒエラルキーを変えよ
インタビュアー 飯坂彰啓
飯坂 通産省が、農林局を作って、全部自分のところでやるように、クーデター並のことをやってもいいんじゃないかと思いますよ。外資系証券会社だったら債券部が株式部をさしおいてエクイティ・デリバティブをやっちゃうなんてことも結構ありますよ。
運営者 結局通産省が省庁再編の勝者になれたのも、自分たち自身が改革をせざるを得ないところにいち早く追い込まれたからです。
96年の時点で、通産省のある部分は、新日本人のところまで意識が来ていたんです。そしてあの時中心になって働いていた人間たちは、頭が新日本人の思考法になってますから今はぼろぼろと辞めていますね。必然だと思います。
それが役所に優秀な人間が行っている喜劇だと思うんです。行政改革なんて、本来は国会でやればいいんだと思うんですよ。
飯坂 「役所の身分のままでいいよ、予算を使ってもいいし、好きなことをやってもいいよ、法案を作りなさい、それで自分の納得できる仕事ができたら、今度はそれを持って民間に行けばいいじゃないか」。それだけで十分だと思うんですけれど、どうして派閥をつくって次官レースをやるのかな。
役人というのは、非常に結構な身分じゃないですか。とりあえず終身的な身分と給料が保証されているわけですから。
運営者 日本の大企業も全く同じですけどね。
飯坂 そうすると、そのような身分保証があれば、とりあえず民間では割に合わないことでもできる立場にあるわけじゃないですか。
運営者 実際役人は、2年間一生懸命働いたら、2年間は外国に留学させてもらったり、閑職を楽しんだりして好きなことをやってるんですけどね。ただし役所的な縛りがかかっていて、「ここまではやっていけれどもここから先はダメ」という範囲があるんだと思いますよ。例えば、メディアに出ていけないとか。表現の自由は憲法で保障されているわけだから、「いけない」とははっきり言わなくても、実際に出てしまったら有形無形の制裁を加えられるということは実際にありますよ。
飯坂 その制裁はだれが加えるんですか。
運営者 それは大臣官房の、人事権を持っている人たちが。
飯坂 結局それは、みんなが制裁を是認しているからでしょう。
運営者 そうですね、空気として。
飯坂 病気でも社会問題でも、進行の過程においてミクロレベルの均衡点のせめぎあいの結果として現在の姿があるわけです。ニキビを治すには肌の手入れも大事だけれど、食生活を変えなければ治らないんです。環境が変わったら行動習慣を変えなければ病気になってしまうんです。
改革というのは制度を変えることでなくて、そういう空気とか秩序、暗黙のヒエラルキーを変えることだと思いますよ。現場の制度自体は、そんなに変でもないと思うし、それだけを変えても元の木阿弥になってしまう可能性が大きい。
運営者 それは彼らの得意技でね、カイシャ天皇制の一部分なんですけど、システムに空洞の部分を作っておいて、自分たちの裁量で自由に解釈できるようにしておくわけです。