「見ざる言わざる聞かざる」
では何も始まらない
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 今起こっているのは、その議論ですよ。
政府は「セーフティーネットを充実する」と言っています。でも、国民が期待してるセーフティーネットというのは飯坂さんが今言ったような手厚いレベルのものなんです。
飯坂 セーフティーネットで、再就職訓練も受けられて、住み慣れた家のローンが払えて、子供を大学に通わせて、年に1回くらい家族で海外旅行に行けるという感じを想像してると思いますよ。
運営者 本来的なセーフティーネットというのは、生活保護のレベルなんですけどね。エアコンつけちゃいけないんですよ。
飯坂 そうですね、ところが現在は生活保護でも、不正受給者が多くて、それに対抗するためにソーシャルワーカーの方も受給者を泥棒呼ばわりしているという話を聞いたことがあります。そういう運用面にどのように介入するべきかという問題がまず一つあります。
運営者 失業給付はいいとして、職業訓練というのが実効性があるとは思えません。ワープロやパソコンを習うことですから。それが、生産的なシステムに巧く組み込まれるのかな。
飯坂 そんなものパソコン教室が潤うだけですよ。パソコンなんて習ってできるもんじゃないと思うけど。
日本人って機械オンチであることを自慢げに話す人が結構いるけど、どうしてなんでしょうかね。自分は「人間的だ」とでも言いたいのかな。外国人でそんなこと自慢する人見たことないですよ。
パソコン教室なんかよりは、「自分は社会的に落伍した」と思っている失業者を集めてきて、「2割6割2割の原則」で考えると、ある程度人が集まればその上層部を構成する2割の人が出てくるんじゃないですか。
運営者 正しいと思いますよ。それが鬼平がやったことですよね。だから如何にしてそのようなリーダーを創り出すリードタイムの短かいシステムを作るかが問題でしょう。
飯坂 そういう人を発見して、元手を与えて、「まあダメかもしれないけれど新しいビジネスをやってみてください」、あるいはそういう会社で、「試しに働いてみては」というのが職安の仕事なのかもしれない。
運営者 それは僕がさっき言ったネットワーク能力ということになるんですけどね。そういう考え方を取り入れる必要はあると思います。
他人と共同して働く能力ですよ。
10人失業した人が集まっていると、自然に話し始めますよね。その話の中で、「こいつリーダーにしたら良さそうだなぁ」とみんなが思うような人が発見されるものですよ。「じゃあ、こいつについていこうかな」とみんなが考えるような集団の中での秩序形成が、社会性動物であればだいたいできるわけじゃないですか。中には、「オレがリーダーだ」と手を挙げる人もいるんですけど、そう人はだいたいどこか欠けているのでヤバイんですよね(笑)。
そういう中で、個人個人が持っている、他人よりもすぐれた能力をうまく引き出して、それをうまくシステム化することによって集団のポテンシャルを最大化するわけです。そしてあらかじめ定められている目標に対して力を集中していく、そういうことが自然にできるようになっているはずなんです。
そのために必要なのが、他人とうまく協力していくという意識の上での能力なんです。相手の長所を認め、自分の欠けているところを認めて、足りないところを補い合って力を大きくしていくわけですよ。
いたずらに自己愛や、集団の中での序列にこだわる姿勢が強ければ、チームワークはうまくいかないですよね。
ところが、封建主義的なピラミッド型の旧秩序の中に入って久しい人たちは、こうした能力がかなり鈍磨していると思います。個人の自発性や内発性が抑圧されますからね。だから個人個人が持っている良い部分を引き出すのがむつかしくなります。
何か環境変化が起こったときに、「何も意見を言わない方がよい」「態度を明らかにしない方がよい」という、「見ざる言わざる聞かざる」の世界ですからね。
別府の高崎山に行くと、この「見ざる言わざる聞かざる」の陶製の猿人形を売ってるんですよ。小学校6年生の時に修学旅行で行ったときに、この人形の存在を知って、「なんというくだらない人形を売ってるんだろう」と思いましたね。しかもそれを喜んで買って帰って家に飾って眺めているわけでしょう。
それは、やはり日本の社会が、結局は「もの言えば唇寒し」であるということをみんな知っていて、意見の表出を抑えようとする社会的な抑圧が確かに存在しているということの物的な証拠になっていると思います。あまりにもくだらない話ですが。