神を信じるからこそ
「向上心」を排除することができる
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 次にですね、新日本人は「向上心」を持っていなければならない。先の「知」への欲求と重なりますが。
飯坂 エステに行ってきれいになることを、向上心だと思っている人もいるんだよな。
運営者 きれいになるというのは、はかないことなのですが。
飯坂 いや、そこまで言わなくても、彼女たちは外面を飾ることによって満足を得るわけです。それをもって向上心だと思っていることが、おかしい。
運営者 それは向上心だと思っているのかな。他の理由があるのでは。
飯坂 じゃあ、単に英語がしゃべれるようになるのが向上心だと思っている人はどうですか。
運営者 彼らにとっては、十分な向上心かもしれませんね(笑)。
塩飯坂 英語で何をしゃべるかが重要なんでしょ。
運営者 でも、通訳の職業にはつけるかもしれない。英語屋さんでも、職業にあぶれなければそれで十分だと思ってる人もいるんですよ。
飯坂 それは向上心ではないですよ。
運営者 いやいや、それでも何もやらないよりは向上心があると言う人もいるかもしれませんよ。あまり意味のない話だな(笑)。
ここで言わんとしている向上心というのはどういう意味かというと、プロとしての仕事をまっとうするのに必要な情報やスキルを知ったり、「レベルを上に上げていこう」と心掛ける意識のことです。自分がもし「えせゼネラリスト」だと思っているならば、少しでも「ほんものゼネラリスト」に近づいていこうと努力する態度のことなんです。
飯坂 じゃ、旧日本人が新日本人になろうと考えるのも、向上心だな。
運営者 旧日本人の人の中で、「これでホントに自分はいいのだろうか」と考える人がいるなら、そうなんでしょうね。
飯坂 だけど新日本人にとっては、向上心というのはビルトインされた、本人と不可分の資質だと思いますよ。つまり向上心なくして新日本人は成立しないでしょう。
運営者 その通りです。逆に我々が問題にしているのは、「なぜ向上心を持たずに済んでいるのか」ということですよ。同じ仕事を、同じやり方で、十年一日繰り返している。「あんたそれでいいと思ってるの」と(笑)。
飯坂 なぜ旧日本人は向上心を排除することができるのか。それは神がいるからです。
運営者 ハーイ、ありがとうございました。正解が出ました(笑)。
だけどね、僕は若いころは恥ずかしいと思ってましたよ。僕は「自分は編集者です」と言えるようになるまで、入社してから7年半かかりました。それまで僕は自分の仕事を聞かれたときに、何と答えていたかというと、「編集者の真似事をしています」と答えていました。だって、「編集者です」というのは、僕にとっては正確な返事ではなかったからですよ。それとそのころは常に「編集者になりたい」と思ってましたよね。
飯坂 それはもう既に、自立した考え方ですよね。