世界の中心で、愛を叫ぶ
インタビュアー 飯坂彰啓
運営者 それは武士とおんなじで、日本の武士というのはヨーロッパのような集団戦法ではなく、一騎打ちで戦いますよね。だから生きるか死ぬかは純粋に自分にかかわるわけで、そこから個人主義が出てくるわけです。
それは丸山が指摘していますね。同じように騎士道というのもそうなんですよ。騎士も一騎打ちで闘いますから。女性を守って闘う騎士道に即した文学が12世紀ごろにプロヴァンスで確立した。彼ら(吟遊詩人)はそれまでにないテーマであった「愛」をテーマにしたんですね。しかも相手は既婚者なわけで、不倫です。それがフィレンツェに流入してルネサンスのひとつのルーツになったんです。
飯坂 それがファイナル・ ファンタジーになったり、ドラゴン・クエストになったりするわけですね。
運営者 ゲルマン神話や北欧神話やケルトの民話を入れてね。「スターウォーズ」もそう。
・・・ですから、集団で生きている人たちと、個人で生きている人たちの考え方には、おおいに違いがあるということなんです。この「個人」の契機については、丸山は日本では鎌倉仏教と武士にあったとしていますね。あと、思想的には聖徳太子、最澄、荻生徂徠、福澤諭吉を挙げています。
飯坂 そういえば、言語なんですけど、個人としての言語が発せられるようになったのは、かなり新しいことなのではないかという話があるんです。
思考というのは言語に連動しますから、個人の確立も比較的最近なのではないかと考えられますね。
個人が自分の思考を組み立ててそれを言葉にして話して、他人が話したことを自分の頭の中で受容して、それを組み立て直して理解するというのは、人類の歴史の中では比較的新しいことなのではないでしょうか。
運営者 おそらくそうなんでしょうね。人間の中でも「できる奴」は、飯坂さんがおっしゃったように、「自分と他人は違う」ということを意識して、他人を受容して生きていると思うんです。
丸山はいま飯坂さんがおっしゃったのと全く同じことを書いてますよ。これがズバリ、ボクの次回作のテーマなんですけどね。
異質な他者を内在的に理解するということは、他者を自分の精神の内部に位置づけると言うことだから、それだけ精神の内部での対話が可能になる。・・・自分の中に他者を住まわせることが精神的自立へ通ずるので、そうでないと、ズルズルの環境ぐるみの自我主義になる。
自分と同じ人間は世界に2人といない---簡単に言えば、この自覚というより驚きの自覚が精神的な自立の最後の核じゃないか。・・・自分と全く同じ人間は世界に2人といないという驚きからいつも出発して行けば、自分をそんなに軽蔑できない。」(『丸山真男氏を囲んで